ぐんま昆虫の森が開園後、毎年夏に、1階のフロアーで企画展を開催することは、昆虫施設職員としての使命であり、試練であったと感じます。しかし、回を重ねるごとに、自分自身の経験の積み上げとして有意義な機会でもありました。タイトな準備期間の中、完成後に2階から会場を見下ろした風景は、この上ない達成感を感じました。ここでは、私自身が企画し、制作に携わった企画展のエピソードと概要について紹介させていただきます。

第3回「かくれる虫・さがしだす鳥」2006年 4月29日~9月3日

開園間もないころで、混沌とした中での、私が初めて担当する企画展でした。当時は予算もそれなりにあり、映像制作プロダクションの「つばめプロ」様が参加しての会場設営と、シジュウカラの巣箱内をライブカメラ映像で展示するという試みも行いました。手探りの中、大きなフロアーを埋めるということの難しさや、テーマと構成の重要性など様々なことを経験として学べた企画展でした。そもそも、私の興味として、シジュウカラが子育てする間に、いったいどれだけの餌をヒナに与え、その内容はどんな昆虫かが知りたいという疑問がありました。個人レベルでは難しい調査であり、生態計画研究所様に委託業務としてお願いし、その調査結果は常設展示で公開しています。その派生として、食べられる側の昆虫類の護身術と、それを探し出す鳥の眼のすごさ、そして、鳥の天敵の存在という生態系をわかりやすく表わすうえで、もっともリアルで、わかりやすいテーマであり、企画展として実現したいと考えたからです。NHKの「ダーウィンが来た!」でおなじみの平野信明さん(つばめプロ代表)には大変お世話になりました。

第3回企画展「かくれる虫・さがしだす鳥」会場

第6回「ボルネオの自然と昆虫」2009年 5月16日~8月30日

里山テーマの施設でボルネオとはずいぶんと弾んだ企画展となりました。そもそもの発端は、小学館様の打ち上げで写真家の横塚真己人さんと合流したときに、当時、横塚さんが精力的に取材をしていたボルネオがテーマで企画展ができないかという打診からはじまりました。私もこれといった次回テーマがなく、「やってみましょう!」ということになりました。当時の企画展製作スタイルは、会場設営できる施工業者を挟んで契約し、その傘下で横塚さんには写真提供とコーディネートをお願いするという一本の契約が望ましいと考えながら、水面下で準備を進めていました。しかし、予期せぬことが起きました。大幅な予算縮減の波があり、当初見込んでいた予算が付かないということになり、横塚さんを介して紹介していただいたイベント会社社長に状況説明に伺うと、「その金額ではできない」と断られるという事態となりました。このことがきっかけで、企画展準備の進め方として、会場造作など、予算が掛かる部分を排除し、既存のパーテーションパネルと展示什器で導線を設計し、デザイン、出力と貼りこみ施工、写真借用と、すべて個々の契約として企画展を組み立てるスタイルが確立しました。私自身も見切り発車を反省し、当時はずいぶんへこみましたが、限られた予算の中でどう組み立てるかという新たな発想が生まれた思い出の企画展でもあります。この時期に、国立科学博物館の企画展で使用した段ボール什器の払下げ品が地方の博物館に出回り、他施設で引き取り手のなかったものを当園で引き取ることになりました。これを切っ掛けに、ダンボール製パネルベースを使用した情報展示の基本スタイルが確立しました。前年の2008年の6月には、事前準備の取材として、横塚さんとともに私もボルネオに渡航し(旅費は自費です)よい経験をさせていただきました。

第6回企画展「ボルネオの自然と昆虫」会場
第6回企画展「ボルネオの自然と昆虫」生態展示
第6回企画展「ボルネオの自然と昆虫」図録表紙

第7回「昆虫たちが生きた4億年」 
第一期:2010年 5月15日~  第二期:7月6日~8月29日

どうしてこのテーマを選んだか、記憶をさかのぼると、群馬県立自然史博物館での同年の企画展が「石になったものの記録」という化石をテーマで開催するという情報をいただき、同じ県立施設で東西に位置する関係性から、コラボレーションを思いついてのテーマ選定だったと記憶します。今の時代に付けるタイトルだったら「昆虫たちが生きた5億年」です。その後、昆虫起源の年代が更新されて4億8千500億年となったからです。それはともかくして、昆虫化石を全国の施設から借用させていただき、それなりのボリュームで展開できると思いましたが、進めてみると、パネルとして表すべき年代ごとのビジュアル的情報が乏しいことに気付きました。会場や図録作成を念頭に考えたとき、各時代をイメージする描写が必須と考えました。そこで、恐竜画家の山本匠さんにコンタクトをとり、それぞれの時代のイメージ画の作成をお願いすることになりました。しかし、会期と製作期間を考慮して、すべてを納品するのは難しいという判断から、第一期、第二期で時代を追いながらのバージョンアップの開催としました。本当に苦肉の策の中での調整が思い出されます。結果的に、視覚的にもメリハリが効いた、よい企画展になったと自負します。石炭紀の話題は何といっても、地球史上最大の化石種昆虫であるメガニウラでした。豊島園昆虫館時代に、思い付きでメガニウラの模型を手作りで始めましたが、胸部と腹部を手掛けたところで箱にしまってありました。これを機に、一気に続きを手掛けて展示物として完成させました。特に翅のリアリティーにはこだわっています。思い出深い企画展のひとつです。

    

第7回企画展「昆虫たちが生きた4億年」会場
自ら製作したメガニウラ・モニィの復元模型

第7回企画展「昆虫たちが生きた4億年」図録表紙

第8回「ダンゴムシ展」2011年 7月9日~8月28日

2010年の夏だったと思いますが、矢島先生と親交があった、写真家の皆越ようせいさんが訪れ、土壌生物の写真展ができないかという打診がありました。その場に私も呼ばれ、矢島先生から「筒井君どう?」と聞かれ、「どうせやるなら企画展でやりましょう!」ということになり、2011年の開催テーマが決定したといういきさつがあります。皆越さんからは写真を借りつつ、私もダンゴムシはそれなりに撮影していましたので、写真中心に全体構成を考え始めますが、タンゴムシだけで会場を埋めるのはネタ不足ということもあり、等脚目全般の情報や、土壌生物まで広げつつ構成しました。ダンゴムシのタッチングプールや迷路コーナーなど、低年齢層のお客様が、小さな生き物に親しむきっかけに重点を置きました。ボランティアさんにはずいぶん協力をしていただき、タッチングプール用のオカダンゴムシの調達もお願いしたところ、前橋市内から採集したという個体の中にハナダカダンゴムシが混じっており、外来種でありながらも新たな産地が判明したというエピソードもありました。また、水産関係のお知り合いがいた嶋村さんが、生きたオオグソクムシを手配してくださり、生態展示を行いました。アイキャッチな造形がほしいと考えていたところ、ミュージアムパーク茨城県自然博物館に、ダンボール製の大型模型があるという情報があり、借用させていただきました。大型造形でありながら、フォルムが精巧で細部の仕上げのこだわりを感じる作品に驚きつつ、製作者は群馬県在住の作家 篠崎均さんで、このことがきっかけで、その後仕事をお願いすることになります。多方面のご協力をいただきながら完成できた思い出の企画展です。

第8回企画展「ダンゴムシ展」会場

ダンゴムシのタッチングプール
第8回企画展「ダンゴムシ展」図録表紙

第9回「クワガタムシ探検隊」2012年 7月21日~9月2日

「クワガタムシ」を企画展テーマとして選定することは、かなり思い切った試みだった思います。マニアックな愛好者が多いジャンルである中、子供たちにも大人気の昆虫であり、どのような構成で組み立てるかは博物館系施設に携わるものとして力量が図られるテーマだと思います。夏になれば各地で、カブト・クワガタのイベントが多い中で、科学的な観点で切り込むというのが私なりに考えた差別化であり、伝えたかったことです。同世代の昆虫写真家 鈴木知之さんとの親交もあり、監修と写真協力を仰いだうえで実現できた企画展でした。私なりに子供のころから大好きな昆虫の一つで、いわゆる「クワガタブーム」の始まりとなった昭和の末期に青春時代を過ごした人間として、クワガタムシから様々なことを学びました。昆虫分類上、クワガタムシ科に属するなかまの特徴は何か、そして、「属」や「種」「亜種」の考え方など、科学的分類の基本的なことがとてもとっつきやすく学べる対象だと思います。また、分布域、地理的な変異、島嶼亜種など、今まで知らなかった島々の名前を知ったり、環境と生物のつながりなどを考えるうえでもとても好材料でした。オオクワガタブームでは、菌類とのかかわりや、腸内の共生菌など話題は尽きません。どんな生物も、掘り下げれば同等の話題性はありますが、子供も大人も愛好者が多いクワガタムシだからこそ、自然界全体のつながりや、生物の奥深さを知るきっかけとなるテーマだと思います。造形的なカッコよさを表現するうえで、アイキャッチとなる大型模型を展示したいと思いながら、予算的に厳しい状況でした。その時に思い浮かんだのが、ダンゴムシ展で紹介していただいた、群馬県在住のダンボール造形作家の篠崎均さんです。コンタクトをとり、予算面での事情を相談しつつ35万円という価格でミヤマクワガタのオブジェを製作していただきました。仕上がりと手間を考えると破格の制作費だと思います。私的には原稿作成と標本成型など、今までになくハードな準備期間だったことを思い出します。朝、目が覚めると天井が回って見えて、まともに歩けず吐き気をもよおしました。いわゆるメニエール症候群というものが発症したようですが、疲れというのがこういう形で出るのだなと諭しました。

第9回企画展「クワガタムシ探検隊」会場

「ミヤマクワガタ」ダンボールオブジェ(製作:篠崎 均さん)

第9回企画展「クワガタムシ探検隊」図録表紙

第11回「イモムシ・ケムシ展」2014年 7月12日~8月31日

文一総合出版様から2010年に出版されたイモムシハンドブック(安田守さん著)は好調な売れ行きとなり、その後、続巻が2巻も発行となって、ちょっとしたイモムシブームとなりました。イモムシ・ケムシの乾燥標本は、真空凍結乾燥機がないとよいものが作れず、機械は高額で個人レベルで購入できるものではありません。開園準備のころから、職場では展示標本作製の目的で機械を導入していただき、イモムシ・ケムシの標本もそれなりに蓄積されていたこともあり、イモムシブームに便乗した形でテーマ決定に踏み切りました。しかしながら、構成に取り掛かるといろいろと難題が生まれるもので、「蛾類」という専門性の高いテーマの中で、古い友人に泣きつくように声を掛けました。豊島園時代に知り合った横田光邦さんとは、これを機にずいぶん親交が深まりました。蛾類に詳しい方という大雑把な印象でしたが、いろいろとお話を伺うと、まさに蛾類の生態をテーマとするアマチュア研究家であり、蛾類界の中でも際立った幼虫期の知識と情報をお持ちであることがわかりました。まさに適役の監修者としてお願いするに至り、私自身、これを機にイモムシ・ケムシの世界にどっぷりとつかることになりました。

第11回企画展「イモムシ・ケムシ展」会場

第11回企画展「イモムシ・ケムシ展」会場

「シャチホコガ」ダンボールオブジェ(製作:篠崎 均さん)

第11回企画展「イモムシ・ケムシ展」図録表紙

第12回「カブトムシの科学」2015年 7月11日~8月30日

昆虫王様「カブトムシ」の企画展は、満を持してという感じでしょうか。このころに、小島渉さんのカブトムシ研究の話題が新聞などで目に入ります。さっそくコンタクトをとって、どの程度の研究成果があるか尋ねるとなかなかのボリュームがあることがわかります。さらにいろいろと情報収集していくと、国立科学博物館の野村周平さんの研究成果や、基礎生物学研究所の新見輝幸教授の遺伝子研究などがあることがわかります。カブトムシの最新科学を話題の中心にできそうだという確信のもとに進めます。そして、むし社の飯島和彦さんには「ヘラクレスオオカブトの採集記」をお願いして組み立てることにしました。当然、体のつくりや生活史の基本情報も加えて、よい構成ができたと自負します。

第12回企画展「カブトムシの科学」会場

第12回企画展「カブトムシの科学」展示

第12回企画展「カブトムシの科学」図録表紙

第14回企画展「クモの世界へようこそ」2017年 7月8日~8月27日

昆虫ではない身近な節足動物「クモ」は、網というワナで狩りをする大変魅力的な生物です。以前から、いつかクモをテーマに企画展がやってみたいと思い続ける中、いよいよその時が来たという感じでした。クモは専門性が高いテーマですので、まず、知り合いを通して新開明先生に連絡をとり、監修のお願いからはじまりました。クモの学会で関東では「東京蜘蛛談話会」が唯一であり、個人的に入会して会合に出向き、会員の方々への協力の呼びかけも行いました。いざ執筆を進めると難しいことばかりで、自分自身がクモ学の勉強をしながらの作業でした。それにしても進化のこと、網の多様性など本当に面白い世界だと思います。生態展示がどこまで可能か未知数でしたが、オオジョロウグモ、アオオニグモ、カトウツゲオグモ、スジブトハシリグモなど、実施期間を通して展示することができました。また、ミズグモは井の頭自然文化園に借用させていただきました。クモ写真家の新開栄一先生には講演会をお願いし、矢島先生とも親交があり、お二人の対談的トークショーも交えて盛り上がりました。会場設営の仕上げでは、ビニールひもでこしらえた巨大水平円網を同僚たちとワイワイやりながら設置しました。企画展のテーマ選定は、少なからず担当者の得意分野が反映されることが多く、私自身、今まではそれなりの興味が深いジャンルを重ねてきました。しかし、この企画展においては、未知のテーマを選定し、私自身が担当者として調整役に徹する中で、多くの方々のご協力を仰ぎながら完成させたという点で、大変思い出深い企画展です。

第14回企画展「クモの世界へようこそ」会場

オオジョロウグモの生態展示

ハラフシグモの模型 (発砲スチロールブロックから3Dスキャンデータをもとにマシニングし、職員のイシイ チホさんが、パテで肉盛りと着色を行い製作しました。)

第14回企画展「クモの世界へようこそ」図録表紙

第18回「セミたちの夏」2021年 7月17日~10月24日

1階の大フロアーで重ねてきた企画展ですが、2019年からは夏の特別展「カブト・クワガタ展」毎年開催する会場として移行します。これについては全国昆虫施設連絡協議会が発行する昆虫園研究に掲載しましたので、ここでのくわしい説明は割愛させていただきます。新たな企画展会場を3階の本館入口フロアーに移行してから初めての担当として実施しました。監修を税所康正先生にお願いし、日本セミの会の後援を含め、林 正美先生にも大変お世話になりました。夏の話題として一般性が高いのですが、意外と企画展として取り上げられることの少ないテーマのようです。以前と比べてフロアー面積が小さくなったことで、パネル情報のボリュームもちょうどよいと思いつつ、フロアー形状が特殊なこともあって、新たなレイアウトを模索しました。コンクリート壁に淡々とパネルが貼りつくのも立体感がなくつまらないので、壁のピーコン穴を利用して、段ボール製パネルベースを浮かせて設置する方法と、自立式パネルベースも設計しました。アイキャッチとして造形が欲しい中で、伊勢崎市在住のペーパーアート作家 三井 理さんに、よく知られたセミ7種の製作をお願いしました。第6回以降の企画展すべてにおいて、パネルおよび図録のデザイナーとしてお世話になったのが出利葉 学さんです。出利葉さんは常設展示の設計時に乃村工藝社の傘下としてデザインを担当しておられました。とても気さくな方で、気が合う間柄で好意にしていただき、その後、個人的に企画展のデザイナーとして、かかわり続けてくださいました。「この施設が好きだ」とおっしゃっていただき、私もずいぶんと無理を言わせていただきました。先輩でありながら、いっしょにこの施設を作り続けた同士であり、戦友とも思います。この企画展の開催中に奥様から訃報をいただくことになり、最後の仕事になってしまいました。出利葉さんがいない中で、今後も進めていかねばならない境遇を理解し、よりいっそう精進していかなければならないと感じています。出利葉さんのご冥福を心よりお祈りしつつ、功績を多くの方々に伝えていきたいと思っています。

第18回企画展「セミたちの夏」会場入り口

セミのペーパーアート(製作:三井 理さん)

セミの生態展示

第18回企画展「セミたちの夏」会場出口側から
第18回企画展「セミたちの夏」図録表紙

第20回「たのしい昆虫飼育 Part1 身近な虫編」2023年 7月8日~10月29日

自らが担当する企画展も10回目となりました。近年の自然系博物館および昆虫館で開催される企画展テーマの傾向として、やや大人向けな指向が高いと感じます。毎年、違うテーマを模索する中でメリハリがあって当然ですが、今回は小さなお子さんを持つご家族に向けたテーマとしました。実際、昆虫施設での客層は圧倒的にお子育て世代のご家族が多くを占めます。「たのしい昆虫飼育」というタイトルが浮かび、そして、そのイメージに合ったロゴデザインから着手しました。そしてポスターやパネルのデザインコンセプトを固めて、それなりに楽しそうな雰囲気が出せたかなと思います。ただ、内容として解説文のボリュームがあり、子供向けのイメージとしながら、大人向けの解説となってしまいました。昆虫の飼育を丁寧に伝えるということと、紙面の制約というジレンマとの戦いでした。